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ドミー (チェーンストア) : ミニ英和和英辞書
ドミー (チェーンストア)[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ドミー (チェーンストア) : ウィキペディア日本語版
ドミー (チェーンストア)[ちょうおん]

株式会社ドミー()は、愛知県三河地方を中心にスーパーマーケットチェーンを展開している小売業者
本社所在地は愛知県岡崎市大平町で、同所に食品加工・物流センターを併設する。名古屋証券取引所第二部単独上場銘柄のひとつである(証券コードは9924)。
== 歴史・概要 ==

1913年(大正2年)5月20日に〔愛知県幡豆郡西尾町(現・西尾市)肴町に〔井桁屋勇吉梶川呉服店を創業したのが始まりである〔。
1941年(昭和16年)6月に株式会社ユーキチ呉服店を設立して法人化し、1962年(昭和37年)11月に衣料品スーパーに業態を変更後、1966年(昭和41年)7月に株式会社ユーキチに社名変更を行った〔。
1987年(昭和62年)に株式会社ドミーフーズを吸収合併して現社名である株式会社ドミーへ社名を変更すると共に総合スーパーに業態を変更した〔。
1992年(平成4年)6月末に名古屋証券取引所2部に上場し〔“ドミー、6月名古屋証券取引所第二部上場。30店舗拡大へ複合型ネバフッドSCを展開”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1992年7月24日)〕、翌年の1993年(平成5年)には安定株主の確保と取引先との関係強化を兼ねて株式を保有する取引先236社(食品関連101社、生活関連46社、衣料その他89社)を集めたドミー会を設立して同年9月30日に第1回の総会を開催した〔“ドミー、9月30日に初の「ドミー会総会」を開催、「ドミナントエリア構想」などを提示”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1993年10月11日)〕。
集客力の低下した場所に立地している旧店舗を閉鎖して集客力のある立地への店舗を置き換えるスクラップアンドビルドに積極的に取組み〔“ドミーが総会、PB追求は過渡期 旧店は積極的にスクラップ”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1994年10月5日)〕、近隣型ショッピングセンター(NSC)の展開〔や1996年11月15日に岡崎市に開業したショッピングモール「レスパ」のようにカテゴリーキラーと呼ばれる大型専門店を集めたパワーセンター方式のショッピングセンターの出店も手掛けている〔“ドミー、同社最大のSC「岡崎若松店」開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年11月13日)〕。
1993年(平成5年)には「ドミナントエリア構想」などを打ち出して出店地域を限定して出店するドミナント戦略(集中出店)による地域密着の戦略を推進している〔。
1997年(平成9年)3月20日に豊橋市に「ドミー渡津店」を開店した〔“九州ジャスコ、Aコープと共同で「有塚ツインプラザ」開店”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1997年3月21日)〕のを皮切りに同年6月6日に豊橋市に神野店を開設して本拠地の西三河に隣接する東三河地区へ出店地域の拡大を図った〔“ドミー、「神野店」開店 東三河拡大への一歩”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1997年6月4日)〕。
この地域密着の戦略を徹底するため、愛知県東部の三河地方を中心とする出店地域を、創業の地である西尾市に碧南市と高浜市、幡豆郡3町(現在の西尾市南部)を加えた西三河南部地域を統括する第1地区〔“ドミー企業研究特集:ドミーの「顔」店舗探訪=佐野康幸第1地区長、高浜店・犬塚孝浩店長”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2009年10月31日)〕、豊田市と刈谷市、安城市、知立市などの西三河北部・西部地域と隣接する知多地方地区や愛知郡を統括する第2地区〔“ドミー企業研究特集:ドミーの「顔」店舗探訪=外狩和良第2地区長、東浦店・山本浩一店長”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2009年10月31日)〕、現在の本社のある岡崎市を管轄する第3地区〔“ドミー企業研究特集:ドミーの「顔」店舗探訪=長谷忠雄第3地区長、岡崎駅東店・坂口尚史店長”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2009年10月31日)〕、豊橋市を中心とする東三河地区を管轄する第4地区〔“ドミー企業研究特集:ドミーの「顔」店舗探訪=山下政義第4地区長、小坂井店・鈴木徹店長”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2009年10月31日)〕の4つの地域に分けて各地区に地区長を置いて地区限定の独自施策を打ち出せるようにしている〔。
1995年(平成7年)7月25日に岡崎市の東名高速道路岡崎インターチェンジに近い岡崎市大平町に岡崎食品加工センターを竣工して〔“ドミー、岡崎食品加工センターが完成 ドミナント化へ加速”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年8月21日)〕同年8月25日に本格稼働させて〔“ドミー・永谷常務、「配送効率化に力」など語る”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1995年11月8日)〕精肉や水産品の加工のほか青果や寿司・刺身などを含めた惣菜まで集中的に処理を行うほか〔“ドミー、SSM、スーパーセンター展開へ 幅広い品揃えで対応へ”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1996年9月27日)〕、岡崎食品加工センター以外にも物流を担うセンターの設置を進めて合計3拠点として集中出店した各店舗に1時間以内で配送する体制を整えるなど〔“ドミー企業研究特集:富田浩貴常務に聞く 市場ニーズにいち早く対応「岡崎食品加工センター」”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2009年10月31日)〕ドミナント方式での集中出店戦略を支える食品加工・配送の集約化と合理化を進めている〔。。
こうした食品加工センター・配送センターを活用することで店舗に於ける作業場などのバックヤードを減らすことで店舗の面積に占める売場の比率を従来の約60%から約85%に引上げたり〔“ドミー、SSM「幸田店」で売場効率85%を実現”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年5月17日)〕、完全な空調に加えて冷蔵施設や排水設備が必要となる食品スーパー部門と空調のみが必要な衣料・雑貨などの売場の入る建物を分離することで設備投資を抑制する〔“中部流通特集 ドミー、2棟式新川店来春開店へ”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年7月24日)〕など店舗運営の合理化による経費削減にも取り組んでいる。
また、地場野菜売場や地場の魚にもこだわる〔“ドミー、「ドミー美合店」開店、地場野菜コーナーなど展開”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2004年3月22日)〕直営の鮮魚専門店「魚加治」を展開する〔“ドミー、「一色店」開店 鮮魚は直営専門店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年9月12日)〕など鮮度良い地元食材の販売に力を入れている〔。
そして少子高齢化社会に対応して少量パック化〔“ドミー、地域密着の小型店「ドミーつつじが丘店」オープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2008年12月19日)〕や野菜のバラ売りなどの少量商品の販売強化も進めている〔“ドミー、「ドミー東郷店」オープン こだわり商品揃える”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2007年6月18日)〕。
近年は食品スーパーの出店を中核としているが〔、1997年(平成9年)5月期決算では売上高に占める食料品の割合は約61.8%とそれほど高くなく〔“ドミー、9年5月期決算”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1997年6月23日)〕、1989年(平成元年)9月22日に開業した西尾シャオ店や〔“ドミー・西尾シャオ店、食料品を主力に据えた増床効果はっきり、10%の売上げ増に”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1993年12月22日)〕1997年(平成9年)9月12日に開業した幡豆郡一色町の一色店〔“ドミー、「一色店」開店 鮮魚は直営専門”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1997年9月12日)〕、1999年(平成11年)3月12日に開業した碧南市の新川店〔“ドミー新川店がオープン、初年度17億円目指す”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1999年3月12日)〕2004年3月12日に開業した岡崎市の美合店〔、2007年(平成19年)9月27日に他社の居抜きで開業した幡豆郡吉良町の吉良店〔“ドミー、居抜き改装新店で「ドミー吉良店」オープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2007年10月5日)〕と衣料品や雑貨なども扱う総合スーパー的な品揃えの店舗の出店も続けていた。
しかし、食品特化の路線を推し進めたこともあり〔“ドミー会総会開催、リストラ徹底し食品特化のスーパーマーケットに”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2000年10月4日)〕、2008年(平成20年)5月期決算には売上高約297.15億円のうち食料品が約264.69億円と約90%近くを占める〔“ドミー、2008年5月期決算は6期連続増収も減益に”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2008年7月23日)〕ところまで食品特化が進んだ。
また、1994年(平成6年)9月23日に「ドミースーパーセンター知立店」を開業したのを皮切りに〔“ドミー、13号店の「スーパーセンター知立店」オープン”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1994年9月28日)〕、1996年(平成8年)11月15日にはスーパーセンター岡崎若松店を開業する〔“ドミー、同社最大のSC「岡崎若松店」開店”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1996年11月13日)〕などスーパーセンターと称する低価格型の業態の出店も行っている。
一部の店舗で成城石井の独自開発商品(プライベートブランド)の取り扱って競合他社との差別化を図っている〔“ドミーが成城石井PB商品取り扱い店1店から5店へ”. 中部経済新聞 | publisher = 中部経済新聞社). (2011年1月14日)〕。
2012年(平成24年)5月期に不採算となっていた衣料品の取り扱いを縮小して実用衣料に絞り込むなど商品の取り扱い範囲の見直しを進めると共に、新規出店や改装を行い、2012年(平成24年)5月期まで10期連続の増収となった〔“12年5月期は10期連続で増収 創業100周年へ企画商品投入”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2012年7月20日)〕。
「どこよりもドミー」のCM店内ソング、生活防衛価格の値札で知られる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ドミー (チェーンストア)」の詳細全文を読む




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